お侍様 小劇場 extra

     “なになになぁ〜に?”〜寵猫抄より
 


まさかこのまま一気に春めくものとは思わなかったけれど。
それでも…観測史上初の二月の夏日から、
この冬の最低気温にまで転がり落ちるとは思わなかったものだから。

 「落差が大きいと殊更に堪
(こた)えるものですね。」

島田先生の有能な敏腕秘書殿、
仕舞いかけてた綿入れを、
でも、その準備にといいお日和の中に干せたのは良かったことよと。
満足げに小さく笑ってから、
執筆に熱中すると、エアコンの点け消しさえ忘れる御主に着せかけて。
あとちょっとという進捗を聞いての、

 「では、お腹が空いたら召し上がって下さいませね。」

朝ご飯代わりにと、
大きめの握り飯と香の物、熱々のみそ汁をトレイへ載せて運び入れたの、
書き物机とはまた別の卓の上へと据え置いて。
それでは…と書斎を後にする。
庭へと向けてガラスのはまった引き戸が連なるお廊下には、
そりゃあ生き生きした陽が降りそそぎ、
じっと浴びていたならば、暑いくらいのお日和なのだが、

 “風が冷たいのが、なぁ…。”

新聞を取りにと出た途端、
さほどに強くはなかったが ずんと冷たい風が吹きつけ、
おおうと震え上がった七郎次であり。
いくらいいお天気でもこりゃあ油断は禁物だなと、
肩をすくめたばかりだったので。

 「にゃあっ。」
 「おっと。」

そのお廊下をとたとたと、
あんよを前へと振り出し振り出しという覚束ない所作動作ながら、
それでも軽やかに駆けて来た幼子へまで、

 「久蔵、今日はお家でもケープ羽織っとこうか?」
 「にゃ?」

ついついそんな心配をしてしまったほど。
明るい陽を浴び、
フリース風のセーターもズボンも、
ますますのこと、そのふわふかな風合いを増しているものの。
こんな頼りない服装で大丈夫なのかなぁと、
そこは母性
(?)がくすぐられでもするものか、
七郎次としては、看過し捨て置くのが難しいことならしい。
間近まで駆け寄ればそれだけ身長差が出来て、
こちらが屈まねば目線が合わない小さな家人。
寒くはないかいと訊きがてら、
お膝を落として駆けて来たのを受け止めてやれば。

 「にゃあっ、にゃっ。」
 「何なに、どうした。」

何だか妙に興奮気味の久蔵で。
日頃だったら、まずは抱っこされた懐ろへ“うにゃ〜vv”とばかり、
御機嫌な様子のまんま、頬擦りをしきりと繰り返す子が。
今日は…抱え上げられるのももどかしげ、
小さなお手々で七郎次が着ているカーディガンの袖口掴みしめ、
地団駄にも似た焦れようで、その場でとんとん飛んで見せ。
それから、元来た方へうんうんと、
大きなお兄さんを促すように、こっちこっちと引いて見せる。

 「どうした?」

朝ご飯なら一緒に食べた。
こちらは勘兵衛へのおむすびを作りながらではあったが、
中へと入れ込んだオカカとシャケと、
残ったものをご飯へまぶしてやって、
まだ湯気が立ってるところを、彼のお皿へ盛ってやり、
さあどうぞと出してやったれば。
子供用のお椅子に立って、
テーブルの上、身を乗り出すようにして、
こちらの手元を興味津々見ていたものが。
あっと言う間に相好崩し、
小さなお手々へくっつけての1口ずつ、
ぱくぱくもぐもぐ、美味しそうに平らげていた彼であり。
こちらの手を煩わせない、いい子なところが近頃は増えたなぁと、
そんな感慨をあらためて噛みしめつつも、

 「どうした?」

もうお腹が空いた…ってことはなかろうし、
誰かが来たならチャイムが鳴ろう。
洗濯機はまだ回っているから、
そのブザーを聞いて呼びに来たとかいうのでもなさそうだし…と。
あれでもないし これでもなさそうと、色々推察するお兄さんを急かすよに、

 「にあっ、にぃあっ。」

細かい意図は判らないのだが、
とりあえず“こっちへ来て”とご要望ならしいので。
はいはいと苦笑をし、小さな身を腕の中へと抱き上げて。

 「リビングでいいんだね?」
 「みあっvv」

こっちの物言いは判るらしく、そりゃあいいお返事をしたものの。
それでも…速足で進み始めた七郎次の懐ろの中、
横へと渡された腕を足場に立ち上がると、
胸元へ前足を掛けてまでして、
こちらのお顔を見上げて急かす、仔猫の態勢が。
壁側へくっきりと落ちた、自分のシルエットに書き足されている。

 “…何があったんだか。”

朝っぱらからお元気な、仔猫の愛らしい雄叫びは、
ほんのすぐそこの書斎へまで届いており。
そこは秘書殿の対処も素早かったので、
やかましいと思う間もなく、遠ざかった騒ぎではあったれど。
ト書き部分の言葉はこびのリズムなどなどの確認にと、
原稿を黙読していた島田先生が。
ついついそっちへ気を取られ、苦笑を咬み殺してしまったほどだった。







        ◇◇◇



一通りの推敲を終えたのでと、う〜んと大きな背伸びをして、さて。
きちんと平らげた朝ご飯の載ってたトレイを片手に、
巣籠もり状態だった書斎から出て来た島田先生。
さっきの騒ぎは一体何事だったのだと、
訊くより早く、同んなじお声がお出迎えをしてくれて。

 「にあっ、にぃあっ。」
 「ああ、はいはい。ホンットに気に入ったんだねぇ。」

可笑しくってしようがないというよな響きの、七郎次のお返事が聞こえたは。
こちらも目映い陽射しが降りそそぐ、広々としたリビングの一角で。
小さな久蔵よりも背の高い、大きな画面のテレビに向かい、
綿入りラグの上へ座り込んでた、大小2つの背中があって。
春の陽を吸った金の髪、甘く温められている、
赤いボレロを羽織った小さい方の背中が、
心持ち片やのお兄さんへと凭れかかり気味になっていて。
そんな彼らが見やっていた画面には、

 【 うわぁ、可愛いですよねぇ〜vv】
 【 ふっかふかじゃあないですか♪】

真っ白い何か生き物だろう存在が映っており、
それがいかに可愛らしいかを絶賛する、タレントの声が入り交じる。
綿毛というよりずっと目の詰んだ、
綿そのもののような毛並みにくるまれた。
真っ白くって愛らしい生き物が、三頭ほど映っていて。

 「…プードルか?」
 「ああ、いえ。犬は犬なんですが。」

ビションフリーゼとかいうフランスの犬だそうですよと。
不意なお声へおやと顔上げ、
そのままトレイを受け取りつつ、七郎次が応じてくれて。

 「何ですか、色んなジャンルのベストスリーを集めて、
  その映像を見せる番組なんですが。
  昨日ので“モコモコの動物”ってタイトルのを放送してたらしくって。」

寒夜に向けて勘兵衛への重ね着やお夜食のフォローやら、
毛布の上にて うとうととお舟をこぎ始めていた久蔵を、
よしよしと寝かしつけるやらにかかっていたので。
観逃さぬよう録画していたその映像。
今朝になって朝の仕事のBGMがてらに観ていたところが、

 「この“もこもこ部門”が、久蔵にはいたく気に入ったらしくって。」

自分もまた ふわふかな、羽根のように軽やかで愛らしい、
金の綿毛のような髪を、その頭にいただいている身だから…なのか。
それとも、ただ単に動物が映し出されていて興味を引かれるからなのか。
同じところばかりを何度も何度も、もう一回もう一回と繰り返して観ているらしい。
ちなみに、わんこは三位で、二位は、

 「アンゴラウサギっていうんですって。
  ほら、ニットのアンゴラの毛はこの子から取るそうですよ?」

うずくまっていると何処が尻やら頭やら。
誰かが外して忘れていった、見事な毛並みのカツラのようで。
顔が埋まるほどもの長い毛足は、3カ月で生え変わるとのことで。
よって、羊のように刈り取るのではないそうな。

 「私としては、この子の方が 誰か様を彷彿とさせるんですけれどvv」
 「〜〜〜。」

もしゃもしゃとした縮れがちな髪を、さして手入れもせぬくせに、伸ばし放しの御主様。
実をいうと、短くしているとくりんくりんと端が跳ね、
何とも収拾がつかなくなるので、それでと伸ばしているらしく。
そんな理由もちゃんと知っていながら、揶揄するように笑った七郎次であり。
そんな彼のお膝へ登り、
そこから勘兵衛の着ているシャツの袖を掴んだのが、

 「みゅうvv」
 「おお、久蔵も可愛いぞ?」

待ってたの遊んでと言わんばかりの御機嫌さん。
小さくてふわふわした肉づきのお手々が、何ともいえず愛らしく、
指まで自在にならないか、頼りない掴まりようながらも、
それにてしっかと捕まえられては、誰が振り切って逃げられましょか。
食器を片付けにとキッチンへ去った七郎次と入れ替わり、
テレビの前へと無造作に腰を下ろして。
小さく頼りない温もりが、胸元へと擦り寄って来るのを、
よしよしと抱え込んでやって。
一仕事終えたばかりの解放感にひたっておいでの御主様へ、

 「少し前の騒ぎ、もしかして聞こえてました?」

なるだけ早くに撤退したのですがと、
眉を下げたお顔にて、
お茶を満たした湯飲みをかかげて来た七郎次の言いようへ、

 「ああ。朝から元気なことよと、こちらまで気概が奮うた。」

目許をたわませ、ふふとじんわり、柔らかく微笑った勘兵衛の。
さりげなくも朴訥な態度に、

 “わ〜〜〜。////////”

あああ、そんな不意打ちを…と。
まともに真っ向から微笑いかけられた七郎次、
一気に耳まで赤くなる。
世渡り下手な御主は、だのに、いやさ“だから”なのだろ、
嬉しいとか照れ臭いという種の、素のお顔、
家人へだけは惜しげもなく見せてくれるもんだから。
野性味あふるる精悍なところ、
気に入らないことへは頑として譲らぬ頑迷なところのみならず。
身を構わなさすぎての、もっさりと野暮ったいところまで、
何とはなく好もしいと思うよな、
紛うことなき“勘兵衛様フェチ”な七郎次にしてみれば。
そんなレアものの表情を、前振りなしにご披露しないで下さいと。
ドキドキと逸る胸を抑えつつ、声なき抗議、上げてみたりして。

 「シチ?」
 「あ、あああ、ああいえ。////////」

何でもありませぬと取り繕って、
ほつれてもない後れ毛を、しきりと耳の上へ掻き上げる振りをし、

 「久蔵にしてみれば、ビデオを戻してと言いたかったらしいのですが。」

自分たちには何の気なしな動作だが、小さな久蔵にはまだ無理なこと。
トイレの扉、バータイプのノブにぶら下がって開けられたり、
冷蔵庫の野菜室、取っ手にじゃれて勝手に開けたりくらいは出来るらしいが、
(そして、
 ぴぴーぴぴーっという開けっ放しブザーに七郎次が呼ばれるオマケつき。)

 「どうなんでしょうね。この姿だと…なんてのか、
  いつか片言でもいいから話せるようになってくれないかと、
  思ってしまうんですけれど。」

今朝の騒ぎも、七郎次を呼んでさて。
次にはと、テレビのリモコンをおっかなびっくり、
小さな手で挟んで持って来たまでは大したもので。
だが、テレビを消せといいたいのかな、
それともチャンネルを変えてほしいのかなと、
当然のことながら、意志の疎通に手間取りもした。

 「こっちの言うことは何となく判ってるみたいだし。
  一度叱ったことは二度としないお利口さんですから。
  あれが欲しいとかそれを取ってとか、言ってくれたらなぁって。」

にゃん?と、勘兵衛の懐ろに頬をくっつけたまま、
何のお話?とでも訊いてそうな無垢なお顔を向けて来るのが、
これまた愛らしくてしょうがない幼子の。
綿飴みたいな金の髪、いい子いい子と撫でてやり。
親の欲目だか、欲張りだか。ついつい口にした七郎次であり。

 「さようさの。
  そうなったら さぞかし話題も増えて、賑やかになろうに。」

大人二人の家庭では、片やが黙ると途端に沈黙が訪れてしまうもの。
ましてや、七郎次がよくよく気を回す性分なので。
さすがに息を殺すほどじゃあないけれど、
テレビやCDも邪魔じゃあなかろかと、自分の色々を後回しにするのが、
微笑ましいとか擽ったいを通り越し、申し訳ないと感じるほどで。

 「発声が無理なだけかもしれないな。」
 「では、字を覚えさせますか?」

小さめのサインペンを縦握りにしての殴り書きは、
さぞや可愛らしい構図でしょうねvvと。
勘兵衛の二の腕へ添えられていた小さな手、
淑女のそれのようにそおと掲げ持った七郎次が、
ふくふくした指の表を優しく撫でてやれば。
暖かい手でのさわさわという感触が擽ったいか。
みゃうvvとはしゃいで 幼い痩躯をよじって見せる。

 「…ですが。」

それはなるほど妙案かも知れませんがと、
一旦は認めた秘書殿だったが、

 「久蔵の中にて、言葉が紡がれていなければ、
  どんなに言葉を殴り書けても意味がありませんよね。」
 「?」
 「ですから。」

にゃあにゃあと綴られても私たちには結局意味が判りません。
テレビとかマグカップとかいう、物の名前ならともかく、
何をして欲しいとか、どうしたいかを表す言いようが、
私たちに判るそれになってなければ。

 「そうか、意味がないわなぁ。」

ううむ名案だと思うたが、と。
これみよがしのわざとらしくも、その大きな肩を落として見せて。
え?え?どうしたの?と、小さな坊やが見上げた来たのへ、

 「いや何。親ばかな期待をの、ついつい重ねてしもうたのだ。」

怒れば容赦なく猫パンチが飛び出す小さなお手々が、
今はいたわるように頬へと添えられた感触へ。
そちらからもすりすりと頬擦りしてやる勘兵衛であり。
愛らしい坊やの横顔と、男臭い御主の横顔と、
優しい気持ちで向かい合うのを間近に見やり、

 「〜〜〜〜〜。//////////」

ああもうっ、
何でこうもドキドキするよな眼福だらけな今日この頃なんだろかと。
口許ほころばせて見とれていた、敏腕秘書殿だったのだけれど。

 「ところで、シチ。小腹が減ったのだが。」
 「え? あ、はい。」

何にしましょう、あ・そうだ。
ヘイさんが置いてったピザ生地があるんですよ。
カリカリのクリスピータイプのなんですが、
小麦の滋味が深くて、なのに何にでも合うんです。

 「林田くんが? ピザ生地を?」

あの米好きがか?
だからじゃないですか、
編集部の誰かのお土産だそうで、でも自分はあまり食べないからって。
そうと言った七郎次、
右手の少し間を空けた親指と人差し指だけで、
何か挟むかのよな形を取って見せたれば、

 「にゃっ!」

それへとお手々を伸ばした久蔵が、
空を掻いてはにぃ〜〜〜っと、何か引っ張る真似をするので。

 「ああはいはい、判ってるよ。久蔵の分も焼くからねvv」

この子、
焼くともちもちになって伸びるチーズが殊の外好きらしいんですよと、
そんな一言を残して立ち上がった七郎次であり。


  “……別に人語を喋れんでも間に合ってないか?”


   勘兵衛様と同じこと、思った人は手を挙げて
tx4-new-ap.gif(笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.02.19.


  *ええもう、あんまり可愛いもこもこさんたちに、
   なんで録画しとかなんだと後悔しきりだった、
   昨夜放送の『ベストハウス』でございまし。
   でも1位の羊はちょっと、
   そういう生き物じゃあなくて、そうなった生き物じゃあないのかと。
   (ク○レのCMに出てくるアルパカちゃんでも良かったのでは…。)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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